「医療オピニオン」では、医療政策や医療制度などに関連することを、独自の視点で分かりやすく解説します。
今回のテーマは、”始まったばかりの「医師の働き方改革」がもたらすもの”についてお届けします。
1. 2024年4月「医師の働き方改革」が始まった
2024年4月から、医師の時間外労働に対する新たな上限規制などが設けられ、それに基づく、いわゆる「医師の働き方改革」が開始されている。
これまで我が国の医療は、特に医療資源が乏しい地方であればあるほど、医師個々人の自己犠牲によって支えられてきた側面がある。
また、多くの医師が勤務する病院は、組織として“人の命を守ることが最優先される”という特殊性もあって、一般企業とは異なり職員の労務管理が後回しとされてきた感があった。
そうした背景もあり、一般職から5年遅れて医師の時間外労働の上限が960時間/年として医師の働き方改革が開始され、地域医療を守ることや医師の研鑽や教育に関連する点を考慮し、一部において都道府県が認めたものに対して特例的に1,860時間/年まで認められることとなった。

※厚生労働省ホームページ「医師の働き方改革の概要」
「医師の働き方改革」の導入に向けて、国では様々な会議体を設け議論を重ねてきた。
今後、出生数低下が続き医療の担い手が減少する中で、働き方改革により医師の勤務環境が改善されることは、これから医師を目指そうとする若い世代にとって朗報であるとともに、患者・国民に対して提供される医療の質・安全が継続的に確保されるという意味からも必要不可欠ではあるが、新たな仕組みが導入されることによる懸念点もそうした会議体で指摘されてきた。
指摘された懸念点とは?
多くの課題が指摘され、検討を行ってきた「医師の働き方改革」だが、当初の懸念は、そもそも2024年4月までに各病院で勤務する医師の時間外労働時間が960時間/年(特例水準の場合は1,860時間/年)にできるのかという点であった。
特に、多くの医師を抱えながら臨床・研究・教育の3つの機能を果たし、さらに地域への医師派遣までを担う大学病院は、大丈夫なのかという話だ。
これについては、2024年4月以降の詳細なデータは示されていないものの、令和4年(2022年)7月に実施した18,974施設(病院・診療所・老人保健施設等)に対する国の調査では、これまで過剰労働が指摘されてきた外科・産婦人科・救急科を含めたすべての診療科において大きな改善がみられており、大学病院を初めとして多くの病院が「医師の働き方改革」の取り組みを推進してきたことが伺える。

※厚生労働省「第18回 医師の働き方改革の推進に関する検討会」資料
大学の医師派遣は大丈夫なのか?
次に、声が上がったのは、大学病院等から医師派遣を受けながら地域医療を支える地方の病院の「医局による派遣医師の引き上げ」に対する心配であり、その中でも特に指摘されていたのが、24時間体制での勤務が求められる産婦人科や救急科を持つ地域の病院からの懸念だ。
これについては、全国82大学の医学部長、附属病院長で構成する「一般社団法人 全国医学部長病院長会議」が令和6年(2024年)4月~5月に実施したアンケート調査によれば、タスクシフトやチーム制の導入の取り組みなどにより、「前回調査(令和4年7月)に比べて週平均労働時間が50時間未満の医師は41.5%から49.6%と増加する」一方で、兼業・副業先の労働時間は前回調査との差は生じていないとしている。

※全国医学部長病院長会議ホームページ「大学病院の医師の働き方改革に関するアンケート調査結果」
同アンケート結果では、「医師の勤務時間短縮に向けて取り組んでいる内容」として具体的な項目についても報告しているが、「複数主治医制やチーム制の実施」などを含めた様々な勤務体制や業務効率化の取り組みや、ICT活用によって勤務時間短縮が図られているのが分かる。
そうした取り組みにより、少なくとも「医師の働き方改革」導入当初においては、地域医療の混乱が最小限に食い止められていると推察される。
しかしながら、他方「全国医学部長病院長会議」は、働き方改革のマイナス面の影響について「勤務時間短縮が研究に影響を与えている(割合が増加している)」と言及し、大学病院のアカデミアの機能低下を課題としてあげている。
コロナ禍以降、入院患者数の減少に起因して全国の病院経営が悪化の傾向にあり、その中で、特に大学病院は、研究機能の低下に加えて、高度医療提供に伴う高額設備や高額医薬品・材料の購入負担、水道光熱費の物価高騰、そして「医師の働き方改革」による人件費上昇なども負担となり、多くの大学病院が赤字経営を余儀なくされている現状も見逃せない。
また、医師の紹介事業を生業とする立場であるからかもしれないが、派遣元である大学病院は変化はないとの結果はあるものの、派遣先となる地方の病院からは医師派遣が滞り始めているとの声も聞こえてくる。
一部の病院団体からも同様の懸念が発せられており、これが一時的、かつ、局所的なものなのか、あるいはトレンドとして強まっていくのかは注意が必要だと感じている。
2. 働く医師の側からの「医師の働き方改革」
これまで主に雇用側、つまりは病院視点での状況説明をしてきたが、最後、実際に働く医師側の視点で「医師の働き方改革」の現状を検証したい。
冒頭でも言及した通り、「医師の働き方改革」の一番の目的は、自己犠牲を強いられてきた医師の働き方を改善しようとするものだ。
それはつまり、働き方改革により、都市部に限らず全国の勤務医の働く環境が良くなる方向へと進む必要があることを意味する。
これに関連して注意が必要なのが、「宿日直許可」の運用方法と、新しく整備された連続勤務時間制限と勤務間インターバル規制に伴う様々な医師への健康確保措置の実施状況だ。
現状、「医師の働き方改革」が大した混乱もなく進められている大きな要因として派遣先病院の「宿日直許可」取得が上げられる。
良くも悪くも、この「宿日直許可」を病院が上手く運用することで、派遣先病院で勤務する医師は時間外労働としてカウントされることなく地域へ貢献できる(させられる)ことになる。
そうした実態については、詳らかに知る由は無いが、ルールに逸脱する運用が多用されていないことを願うばかりだ。
また、「医師の働き方改革」の勤務環境改善に直結する健康確保措置については、多忙を極める本務先で管理する医師が、同じく多忙を極める派遣される医師の勤務実態について、派遣先との連携をしながら勤務実態を正確、かつ、タイムリーに把握する必要がある。
国の会議体でも指摘されていたことだが、健康確保措置に関連する面談が形骸化しないか、勤務間インターバルが適切に確保できるのかなどハードルは決して低くない。
けれども、これについては、ポータルデバイスや勤怠管理アプリなど様々なIT機器・システムなどを活用することで、実効性を担保することも可能だろう。
それから、余りメディアには取り上げられてはいないが、大学病院(医局)に所属して勤務する医師の処遇(給与)についての課題もある。
これまでは本務先(大学病院)の給与が薄給であっても、兼務・副業先(派遣先病院等)の給与が合算されて給与レベルの辻褄を合わせている実態があった。
今回の「医師の働き方改革」により、勤務時間が短縮されることは歓迎されるべきだが、その話と勤労への対価の話しは全く次元が違うものとなる。
大学病院が、ルール上、時間外上限1,860時間/年の適応となる特例水準である「B水準」もしくは「連携B水準」の認可を受けて、医師がそれにより派遣先で勤務するのであれば問題はないが、もし、「A水準」の認可のみであるとすれば、当該医師は年間960時間までしか時間外労働は出来なくなる。
このことは、給与の問題ではあるが、合わせて、医師(若手であればあるほど)が診療を通じて研鑽・経験できる貴重な時間とも置き換えられる。
つまり、状況によっては、給与と研鑽機会の損失の二つの不利益発生もあり得ることを意味する。
3. 積極的な「医師の働き方改革」に関連する情報発信を!
それと関連して病院は、今後、ますます「医師の働き方改革」によって、どの様な勤務体系や時間外労働の体制を取っているのかなど勤務実態に関連する情報の開示が求められることになる。
既に国は、臨床研修プログラムのマッチング、そして、専門研修プログラムの選択にあたり、そうした情報をプログラムの要件や内容とともに開示することで、医学生や臨床研修医が自分に合ったプログラム選択が出来るようにすべきだと方針を定め、都道府県に指導している。
まだ、「医師の働き方改革」は始まったばかりで、医療現場では、そうした動きには繋がっていない。
しかしながら、今の若い世代の気質や様々な情報ソースを駆使する実情を踏まえると、今後、各病院が働き方改革を行うことで、医師にとって勤務・研修し易い環境であるのかを積極的にアピール(広報・広告)しなければならなくなる場面が、もう直ぐそこまで来ているのかもしれない。
4.まとめ
民間医局クリエイティブは医療機関のさまざまな制作について豊富な実績をもっています。
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< 著者のご紹介 >
株式会社メディカル・プリンシプル社
地域連携推進室 医療政策担当 千坂一也
医薬品流通業での事業開発、および企業経営を経て、2007年より当社で勤務。
以後、医師偏在対策、地域医療構想、医師の働き方改革など国の医療政策に関わる最新情報をウォッチしながら、都道府県が抱える研修医・医師確保等の課題に対するソリューションを提供している。